競争戦略というと、堅苦しいフレームワークや理論を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、楠木建氏の『ストーリーとしての競争戦略』は、そんな先入観を払拭し、戦略を「ストーリー」という新しい視点で語る一冊だ。本書は「戦略をストーリーとして語れないなら、それは本当に良い戦略ではない」と主張する。
本書の基本的な主張は、「競争戦略は選択の連続である」というもの。全てを追い求めるのではなく、何をやり、何をやらないかを明確に定めることが重要だ。競争戦略の本質は、「他社とは違う道で勝つ」ことに尽きる。だが、多くの企業がこの「違い」を中途半端にしか理解していない。楠木氏は、それを「ストーリー」と「論理」で補完する方法論を提示している。さらに、その選択を一貫性のあるストーリーにまとめることで、戦略全体が筋の通ったものになる。
良いストーリーの条件
戦略は物語として語れるべき「なぜこの選択をしたのか」を語ることで、戦略は他者に伝わりやすくなる。社内外への説明責任を果たすためにも、説得力のあるストーリーが必要だ。戦略における最大の失敗は「なんでもやろうとすること」。全ての市場や顧客を対象にするのではなく、どこに資源を集中するかを明確にすることが、成功の鍵となる。
その中で良いストーリーの条件となる要素は下記に集約される
- 因果関係が明確である:各要素が相互に関連し、説得力を持つ。
- ユニークである:他社には真似できない独自性がある。
- 「なぜこれが最善なのか」が説明できる:従業員や顧客にとって納得感がある。
全体最適の視点
部分最適に陥らず、戦略全体が整合性を持つことが求められる。例えば、低価格路線を掲げる企業が、高コストな広告キャンペーンを展開するのは矛盾であり、ストーリーが破綻する。部分的に優れた施策を採用しても、全体の方向性に合わなければ逆効果になる。全体としての調和が、企業の競争優位性を決定づける。
実行可能性が鍵
筋が良い戦略は実行段階でもスムーズに進む。一方で、絵に描いた餅のような戦略は、実行時に大きなコストや混乱を生む。
読んだ感想
『ストーリーとしての競争戦略』は、戦略に対する新しい視座を提供してくれる点で非常に価値が高い。「ストーリー」という言葉は一見感覚的だが、本書を読むとその背景には明確な論理と実務的な知見があることがわかる。ただし、一点気になるのは、「ストーリー」だけで全てが解決するわけではないという点だ。企業戦略には、市場分析や財務計画、競合との力学など、ストーリー以外にも膨大な要素が関与する。良いストーリーを作ることは重要だが、それを裏付けるデータや実行力が伴わなければ、絵空事に終わるリスクもある。
また、本書では成功事例が多く取り上げられるが、それらは後付けで「ストーリー」を語られているケースも少なくない。戦略が成功する理由は複雑で、必ずしもストーリーだけに還元できるものではない。楠木氏の視点はあくまで一つの「補助線」として捉えるべきだ。
実務での応用として、この本を読んだら、まず自分の仕事やプロジェクトに「ストーリー性」があるかを確認しよう。例えば、今進めているプロジェクトの「なぜこれをやるのか」「どうしてこの手段がベストなのか」を論理的に語れるかどうかが試金石になる。もしうまく説明できないなら、それは戦略が曖昧である証拠だ。再考する時間を取るべきだろう。
結論
『ストーリーとしての競争戦略』は、戦略の「語れる力」に焦点を当てたユニークな一冊だ。そのアプローチは実務においても応用可能だが、盲信するのではなく他の要素と組み合わせて活用する必要がある。特に、選択と集中、全体最適の視点は、どんな企業にも当てはまる普遍的な教訓だ。
この本が示す「ストーリー」と「筋の良さ」を武器に、ビジネスの現場で差別化を図るきっかけを作ってほしい。戦略を考えるのが楽しくなる一冊だ。